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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和45年(う)123号 判決

控訴人 各原審検察官

被告人 岩切幸一 外四名

弁護人 尾崎勇蔵

検察官 荒井三夫

主文

被告人岩切幸一、同星倉俊雄に対する原判決(原審昭和四五年(わ)第七三号、七五号事件)および原判決(原審同年(わ)第六四号、六五号事件)中被告人山田豊紀に関する部分、原判決(原審同年(わ)第六六号、第六八号、七一号、七二号、七四号事件)中被告人黒木政寛同津口繁に関する部分をそれぞれ破棄する。

被告人岩切幸一を罰金三五、〇〇〇円に、

同星倉俊雄を罰金三〇、〇〇〇円に、

同山田豊紀を罰金二〇、〇〇〇円に、

同黒木政寛を罰金三〇、〇〇〇円に、

同津口繁を罰金二〇、〇〇〇円に、

各処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは同被告人らにつきいずれも金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

理由

(控訴の趣意)

本件控訴の趣意は、福岡高等検察庁宮崎支部検察官検事荒井三夫提出、宮崎地方検察庁検察官検事増田光雄作成名義の各控訴趣意書(三通)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

検察官の控訴趣意第一点(法令の適用の誤りの主張)について、

所論は要するに被告人らに対する各原判決は法令の適用にあたり、いせえびの不法採捕、不法販売の各所為についてその罪数をそれぞれ包括一罪とし、且つ不法採捕の所為と包括一罪である区域外無許可操業の所為とを一所為数法として法条を適用したが、被告人らの本件採捕の各所為と本件販売の各所為はいずれも一回ごとに一罪を構成し、包括一罪である無許可操業と各採捕は併合罪の関係にあると解すべきであるから、原判決は犯罪の個数についての法令の解釈適用を誤り、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかなものとして破棄を免れないというのである。

よつて按ずるに罪数の確定は要するに具体的な事案の主観的な側面並びに客観的な事実関係を確定し、それに当該法全体及び当該条項の目的、趣旨等を勘案して定めるべき法律問題であると思料する。

(採捕、販売の罪数)

一、そこで先づ本件事案の具体的な情況等につき記録ならびに証拠を精査して検討するに、次の諸事実が認められる。

1  被告人らはいずれも青島漁業協同組合の組合員であつて固定式刺網漁業を営んでいるものであるが、同漁業は共同漁業権に基づき所定の海域で営むことになつており、右海域以外で同漁業を営む場合には県知事の許可を受けなければならず且つ宮崎県においては水産資源の保護培養を目的の一として宮崎県漁業調整規則(以下規則という)を制定し、毎年四月一五日から八月三一日迄の期間保護水産物であるいせえびの採捕および採捕にかかるいせえびの所持、販売を禁止していることを熟知し乍ら数回所定の海域外で固定式刺網漁業を営むとともにいせえびの採捕をしたこと。

2  被告人らの本件採捕行為は各原判決別表記載のとおり、その期間および回数自体漁業者のそれとして見た場合でも各回の行為は必ずしも近接した日時に連続的に行なわれたものとは云い難く、採捕したいせえびは毎回その日かその翌日のうちに料理店或は鮮魚仲買業者に持参して販売していたこと。

3  被告人らの本件採捕の漁法は前日瀬に網を建て、翌日その網を揚げるという式の固定式刺網漁法であり、出漁の都度網を建てる一回性のものであつて、定置漁法とは異なること。

4  いせえびの採捕禁止期間中は(イ)被告人岩切幸一はマキリ漁を行ない、その漁の行き帰りを利用して本件いせえびの採捕をしていたこと(記録一九四丁乃至一九五丁)、(ロ)同星倉俊雄は引縄漁等を行ない、その漁獲が少ないのでついいせえびの採捕をしたこと(同八一丁乃至八三丁)、(ハ)同山田豊紀は一本釣或は日傭労務者をしていて、その合い間にいせえびの採捕をしたこと(同一〇〇丁、一〇一丁)、(ニ)同黒木政寛は引縄漁をしていたが、その合い間にいせえびの採捕をしたこと(同二二六丁乃至二二七丁)、(ホ)津口繁は一本釣り漁をしていてその合い間にいせえびの採捕をしたこと(同一三〇丁乃至一三一丁)。

以上の諸事実を総合すると被告人らの本件各採捕=販売行為は当初から連続的に行なういわゆる包括的犯意の発現された行為とは到底認め難い。

二、しかも規則第三五条第一項、第五六条第一項第一号において毎年四月一五日から八月三一日までの間いせえびの採捕を禁止し、その違反に対し刑罰を科することとした趣旨は、同期間がいせえびの産卵期に当ることから漁業の許可を受けた者なると否とを問わず何人の採捕をも禁じているもので、これは主として水産資源の保護培養を図る目的で制定せられたものであつて、漁業生産に関する基本的制度の制定、漁業調整機構の運用を目的とした漁業法に由来するというよりは、むしろ水産資源の保護培養を目的とする水産資源保護法に由来するものと考えられるから、『同条項が禁止する採捕行為は、本来的に個々の行為であり、業態的(集合的)行為ではない。従つて、被告人らの本件各採捕行為は、いずれも各出漁毎にいせえびを採捕すると同時に既遂の状態に達し、その都度いせえびの保護培養に対する法益を侵害する結果を生ぜしめているものであつて、各採捕行為全体を総合して初めて水産資源が侵害されたものと考えるべきではない。』

三、次に規則第三五条第二項において「前項の規定に違反して採捕した水産動植物又はその製品を所持し、又は販売してはならない」旨規定しているが、その趣旨は採捕につづく所持、販売をも並列的に禁止することによつて採捕の禁止を実効あらしめんとしたものであり、ここに販売の意義は同規則が採捕行為について先に二で説示したとおり行為者の身分ならびに反覆の意図等を問わず絶対的に禁止している法意に即すれば、『販売行為についても必ずしも職業犯的意図を有するものに限る必要がなく、反覆累行される有償譲渡は勿論のこと、一回限りの有償譲渡をも防遏する必要があることはいうまでもないので、右販売は単なる「有償の譲り渡し」を意味するに過ぎないものと解す』べく、しかも本件の各販売行為についてもそれがとりわけ包括的犯意のもとに行われたと認めるに足りる証拠はないので、採捕行為が前述のとおりそれぞれ各別の意思の発現に出でたものである以上、その採捕にかかるいせえびをその都度販売する行為もまた各回別個の意思の発現に基づくものであるとみるのが相当である。

四、そうすると被告人らの本件各採捕行為と各販売行為については、各採捕行為はその採捕毎に一罪、各販売行為はその販売の都度、その回数毎に独立した一罪を構成し、以上が刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるものと解すべきであるのに、各原判決がここに出でずに各採捕について包括一罪、各販売について包括一罪をそれぞれ認め、両者を併合罪としたのは、罪数についての判断を誤り正当に法令の解釈、適用をしなかつたことに帰しその誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(無許可操業と採捕の関係)

一、被告人らの本件無許可操業の所為は、被告人らが有する共同漁業権の免許に指定された各原判示別表記載の海域外において、宮崎県知事の許可を受けずに固定式刺網業をなしたことによつて成立した職業犯であつて、これらはいずれも同一人により多数回反覆して行なわれたものである点においてすべて包括一罪を構成するものであるが、被告人黒木政寛、同星倉俊雄、同岩切幸一、同山田豊紀の四名がそれぞれ単独で無許可操業をした以外に他の共犯者と共謀して無許可操業をなしたのは前者と犯罪の主体、日時、場所を異にし、別個独立の一罪を構成するものと解するのが相当である。

二、本来本件の無許可操業は、免許の指定区域以外において操業することを重視して漁業調整上、その操業行為自体を禁止したもので、漁獲物が何であるかを問わず成立する職業犯であるのに対し、いせえび採捕の罪は前記二で説示のとおり、その禁止期間中は原則として何人に対しても漁場、漁法の如何を問わず水産資源保護の見地から、その採捕行為を禁止しているものであつて、唯一回の採捕行為といえどもその完了と同時に既遂となるものである。

三、従つて『いせえび採捕禁止期間中になされた無許可操業といせえびの不法採捕とは、たまたま漁法が固定刺網漁であつたという自然的行為の面において重なり合つたにすぎず、両者はその立法趣旨、規制の対象、侵害法益、犯罪の性格、態様並びに構成等を異にするものであるから、これらを純然たる一個の行為であると法的に評価することはできず、両者は併合罪の関係にある』ものと解するのが相当である。

したらば各原判決がこれを一所為数法の関係にあるとしたのも法令の解釈、適用を誤つており、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上説示のとおり論旨は理由があるので、被告人岩切幸一および同星倉俊雄に対する原判決ならびにその余の被告人らに対する各原判決中関係被告人の部分は破棄を免れないので、量刑不当の論旨につき判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条を適用して、これらを破棄し、同法第四〇〇条但書により、次のとおり判決する。

各原判決の適法に認定した被告人らの関係事実に法律を適用すると、被告人らの判示所為中、共犯者と共謀して無許可操業をした点および単独で無許可操業をした点(包括一罪)はそれぞれ宮崎県漁業調整規則第七条第九号、第五六条第一項第一号(なお前者は刑法第六〇条)に、採捕の点はいずれも原判示別表の番号毎にそれぞれ同規則第三五条第一項本文、第五六条第一項第一号に、販売の点は同様別表番号毎にそれぞれ同規則第三五条第二項、第五六条第一項第一号に該当するので、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上の被告人らの各所為はそれぞれ併合罪であるから、刑法第四五条前段、第四八条第二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内において被告人らに対しそれぞれ主文掲記のとおり罰金刑に処し、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、同法第一八条によりそれぞれ金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人らに負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淵上寿 裁判官 吉次賢三 裁判官 大西浅雄)

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